リドデッキのスタンド、バーは朝七時から夕方二時まで開いている。そしてメインバーとも言うメフイストフアレスバーは午前一〇時から翌朝七時まで。もうこれで充分だが、パシフイックバーは午後五時から午前七時まで、ミュージックサロンは午後六時から翌朝二時、ウラジオストックバーも途中で四時間ほど休憩があるものの、午前一〇時から翌朝三時まで。乗り込んだ日本人の団体はとてもこの時間帯でおつき合いできるものではないが
朝七時から夕方二時まで開いている... の続きを読む
赴任先の外国でクルーズ船に乗ってみたり、出張の合間にちょっとクルーズしてみて、外国人の日常の生活ぶりを親しく見てみるのはいいと思う。在外商社マンもマイカーでしゃれたリゾートホテルに家族だけで骨やすめするのでなく、ちょっと船旅をしてみてはいかが。今までにも外国赴任の人にすすめてきたが、時折、船旅なんて思うほど面白くないね、と答える友人がある。そういう人はたいてい尊大ぶった官僚だから不思議だ。もう庶民
赴任先の外国でクルーズ船に乗ってみた... の続きを読む
自転車は、彼女にサイズが合っていることが条件。発進・停止の方法や乗車姿勢の調整、ペダリングの仕方など、要点だけでもきちんと教えてあげましょう。しかしそれには、エスコートする男性もそれなりに技術と知識がなければならない。たとえば、クイックレリーズつき車輪の完全に正しい取扱い方法がわからないとか、実はまだチューブを交換するパンク修理をしたことがないとか、少し狂いの出た従来型スポーク車輪の振れ取りがまっ
初心者でも不安なく走れることが最も重要なこと... の続きを読む
相国寺の境内には一二の塔頭があるが、鹿苑寺(金閣寺)や慈照寺(銀閣寺)も相国寺の山外塔頭であることは存外知られていない。室町幕府が定めた寺院の格式、「京都五山」の第二位に定められたことからも、その格式の高さがうかがえる興味深い史実だ。だがそういうことも知らず、ただ単に有名寺院だからという理由だけで、金閣寺や銀閣寺を訪ねたとしても、その存在意義や価値など半分も理解出来ないだろう。何故、室町幕府は寺院
寺院のランキングとその基準を知るために... の続きを読む
ライトアップされた紅葉もまた見事。僕のお奨めは「みかえり阿弥陀」。なんともやさしい阿弥陀さまなのだ。珍しくも横を向いた阿弥陀さまの視線の先に居るのが、まさしくその永観律師。「永観遅し」と声を掛けながら、肩越しに永観を振り返る姿が、この「みかえり阿弥陀」像。先年、重要文化財にも指定された寺宝である。この木像から学ぶことは少なくないが、何より象徴的なのが、正面以外にも慈悲の心を向ける、その懐の広さであ
正面以外にも慈悲の心を... の続きを読む
つぎにクルーズ水域について考えたい。クルーズしてみたい航路の設定が重要である。日本は目の前に広大な太平洋を控えているのでカリブ海のように日替わりで島を訪れるというふうにはいかない。そうなると船の内容も船旅そのものをたのしむ要素を充分に持っていないといけないわけで、その点新しく建造される船が二万トン、三万トンと大型だから航海中の居住性や娯楽設備も今までの交通機関用に建造されていた客船よりうんと良くな
まず中国航路を... の続きを読む
その昔、クルーズではなく交通機関としての片道輸送だったころ、船の旅だけは一等に乗ってぜいたくをしろ、一等と三等の差は料金の差よりも差がきついという言い伝えがあった。それはまったく事実で、一等は三等の三倍の運賃であったとしよう。一等は船のまん中五分の三位を占めて、三等はうしろ五分の一船室も下の方、食事はもちろんおしきせ和食。一等は西洋料理フルコース。サービスは三等の五倍も六倍も一等は受けることになる
古い客船と新しい客船... の続きを読む
先日、友人が子供2人を連れて初めての家族旅行に行ってきたそうです。電車で東京へ行ったそうなのですが、子供たちが初めての電車に落ち着かず、小さい下の子はぐずるし、大変だったと言っていました。さらに、真夏だったので、暑さで親も子もバテてしまって、上の子もワガママを言って、ママを困らせたそうです。楽しかったけど、それよりも疲れたと言っていました。やはり、小さな子供を連れての旅行は大変です。子供を連れてい
子供を連れての家族旅行... の続きを読む
海外旅行に行くときに、ガイド本を持っていったり、事前に行く場所を探しておいたり、ということはしていると思います。でも、実際に現地に行ってから、調べたいことが出てくることもあります。「昨日通ったあの店は、どんな店なんだろう?」と思ったのであれば、調べられたら翌日に行くことができますね。渡航の前に、現地のインターネット無料ポイントを探しておきましょう。公共の場所で、パソコンを無料で使うことが出来る場所
海外旅行はネット無料ポイントを探しておく... の続きを読む
私のまわりにも「琉球舞踊が踊れる」という人は、軽く20人はいる。三線人口のほうはどうか。沖縄銀行総合企画邱調査室が1997年1月に発表したレポートによると、1975年は約6200人。ところが1995年は約1万400人。この20年で約1.7倍増となっている。三線コンクールへの応募者も約2.8倍に増加。会派に所属していない愛好家を加えると三線人口はさらに増えることになる。しかも県内に出まわっている三線
「琉球舞踊が踊れる」という人... の続きを読む